今しかできないことに挑戦して、日本に帰りたい。
2年弱の期限付きでブラジルで暮らしている私は、帰国の日が迫るにつれ、その思いを強くしてきた。サンパウロ市内の要所を巡る15kmのコースを大晦日に走るサン・シルベストレ国際マラソンは、ブラジルでの思い出作りと自分への挑戦にうってつけのイベントだと思い、同じように日本から来ている友人3人と共に参加することにした。
今回で87回目を迎えるこの大会は、世界各国から招待選手も出場するほどの大きなイベント。参加者は年々増加していて、今回は約2万5000人にも上ったらしい。
とても魅力的な大会だが、おいしさもカロリーも満点のブラジル料理で丸々太った自分の体に、15kmの道のりは長すぎる。1か月前からトレーニングをして当日を迎えたが、レース開始2時間ほど前に会場入りすると、スタート地点であるサンパウロ美術館の前にはものすごい人だかりができていて、それを見るだけで緊張感でいっぱいになった。さらに、スタート直前に雨が降り出し、不安に拍車がかかる。冷えていく一方の身体とは逆に、鼓動だけは熱く速くなっていった。

実際、わたしの15kmはとても楽しいものだった。
歩道橋や沿道からの声援の嵐や、それに飛び跳ねて応えるブラジル人たちのノリのよさに、不思議と励まされた。雨は大降りだったが、応援の人たちとハイタッチしながら不思議なテンションになっていく自分がいた。ふと周りを見れば、友だち同士コスプレして走る人やカップルおそろいの服で走る人たちの姿が目に入る。そして、雨が降れば降るほど天に向かって奇声を挙げて走る人々。楽しむことにかけて、天才的なパワーを発揮する国民性だと改めて思った。彼らもきっと、一年の思い出作りのためにこの大会でラストスパートをかけているのだ。
走りながらウォークマンで聞いた日本の歌も15kmの間わたしを励ましてくれた。ミスチルのGIFTが流れるとわたしはオリンピックのアスリートになり、サライが流れれば黄色いTシャツを着て武道館目指して走っているのだ。思い出に浸っているうちに、気づけば12kmほどを走り終えていた。
そして、一番の難関であるブリガデイロ通りへと突入していく。1km以上も続く心臓破りと呼ばれる上り坂を越えると、今度は急な下り坂が現れる。上り坂ではたくさんの人が諦めて歩いていた。リオブランコ通りからの高低差は90mもあるのだから、無理もない。絶対に歩かないことを目標にしていたので歩きたくはないが、坂道は膝を故障すること必至だ。特に下りではスピードを落として走るようにした。しかし、ブラジル人たちは脅威のスピードで転がるように下ってゆくのだ。体の構造はどうなっているのだろうか。

坂が終わるとゴールはすぐそこだ。今大会からコースが変更になり、ゴール地点に選ばれたのはイビラプエラ公園。大きなクリスマスツリーのイルミネーションが疲れたわたしを迎えてくれ、さらには大きなメダルまでもらえた。
どしゃ降りの中をあんなハイテンションで15kmも駆け抜けるという経験は、後にも先にもないだろう。
サンパウロの街並みとブラジル人の明るさを存分に体感でき、とてもよい大会であった。
